• 頌栄教会

「キリストを証しする生活(1)」(信仰生活入門13)

「キリストを証しする生活(1)」(信仰生活入門13)

  頌栄教会が存在するのは、代々の教会が二千年間伝道することを止めなかったからです。キリスト教信仰が伝道によって伝えられてきたという事実は、キリスト教信仰において「伝道」が本質的な意味を持つということを示しています。伝道に無頓着なキリスト者はキリスト教信仰の本質的な部分を見失っているとも言えるのです。

 伝道は人から始まったのではありません。神から始まりました。神がまず御子を世にお遣わしになられたのです。遣わされたキリスト御自身、失われた羊を見つけるまで捜し求める羊飼いを譬えとして神の愛を語られました。キリストが語られたのは、羊を見つけた時に「羊が喜んだ」という話ではなく、羊飼いが喜んだという話しなのです。伝道はこの神の愛に基づきます。私たちはなぜ伝道するのか。それは神が人を追い求めておられるからです。神が人間に御自身の愛を伝えたいと願っておられるからです。

 もちろん、救いの喜びを誰かに伝えたいという思いは、最も自然な伝道の動機と言えます。あるいは、伝道するのは教会を存続させるため、という理由付けも成り立つでしょう。しかし、それが第一の理由ではないのです。キリストは「あなたたちがしたかったら伝道しなさい」と言われたのではなく、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15)と言われたのです。キリストをこの世に遣わした神の愛とキリストによる派遣こそが、私たちが伝道する第一の理由であり根拠なのです。(清弘剛生)

あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。 ヨハネ20:21

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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので