• 頌栄教会

「世界聖餐日」

 10月第一主日は「世界聖餐日(World Communion Sunday)」と呼ばれます。戦前に米国長老教会に始まった習慣が、戦後、世界基督教連合会(WCCの前身)の呼びかけによって世界に広まっていきました。この日、私たちも世界中の多くの教会が互いに主によって結び合わされていることを覚えて聖餐にあずかります。

 イメージとしては、イエス様が主人としてパンを裂いて手渡してくださる聖餐卓を世界中のキリスト者と一緒に囲んでいる姿を思い浮かべてください。極東に位置する日本の私たちはいち早くパンと杯を手渡されます。そして今日一日をかけて世界中の教会に次々とパンと杯が手渡されていきます。イエス様は釘の跡がある御手をもってパンと杯を手渡してくださるとき、わたしたち全てのキリスト者に対してこう言われます。「これはあなたがたのためのわたしの体である。この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である」と。主はおひとりです。そのひとりの主の一つの体に共にあずかっていることを思いつつパンと杯をいただきましょう。また私たちはそこで最後の晩餐において主が祈られた言葉を思い起こさなくてはなりません。「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります」(ヨハネ17:21)。これは今もなお変わることないイエス様の願いです。私たちはパンと杯と共に、この祈りをも主から受け取るのです。                   (清弘剛生)

パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです。 1コリント10:17

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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので