• 頌栄教会

「天におられる父よ」(主の祈り2)

イエス様は、私たちが祈る時には、「天におられるわたしたちの父よ」と呼び

かけて祈るようにと教えてくださいました。「天」はただ上方を意味するのでは

ありません。「天」は見えざる神の領域です。人間の力や理解が及ばず、探求不

可能な神の世界です。そこにおられる父に向かって祈るように、私たちは教えら

れているのです。

一方、私たちは「天」ではなく「地」に属する者です。私たちの知っている世

界――それが「地」です。私たちは、この「地」なる世界が確かなものであると、

何の根拠もなく思い込んで生活しているものです。しかし、詩編に歌われている

ように、「地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移る」(詩編46:3)ような

ことは起こります。しかも、それは突然起こります。その時に、《地は動かない》

という思い込みが間違っていたことを思い知らされることになります。私たちが

属するこの世界には、何一つ確かなものはなく、私たちが究極的に信頼し依り頼

むことができるものは何一つ「地」には存在しないことを、私たちは繰り返し思

い知らされるのです。

しかし、そのように徹底的に現実に向き合わされるところにこそ、まさに信仰

の出発点があるのです。そこでこそ「『天におられるわたしたちの父よ』と祈り

なさい」という主の御言葉が私たちにとって大きな意味を持つ語りかけとなるの

です。確かな神の世界である「天」がある!私たちの祈りを聞いてくださる御方

は、不確かなこの「地」に属する御方ではなく、「天におられるわたしたちの父」

なのです。天の父に向かって祈るなら、もはや私たちは「地」の不確かさに不安

を抱く必要もなく、おびえる必要もないのです。 (清弘剛生)



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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので