• 頌栄教会

「平和聖日」

 日本基督教団の行事歴では、八月の第一日曜日を「平和聖日」として定め、平 和のために祈る日としています。私たちは毎年この日を「平和主日」と呼んで、 特別な式次第をもって共に祈ってきました。今から75年前、この国の大きな罪 責にもかかわらず、神は憐れみ深くお臨みくださり、この国が新たに歩みだすこ とをお許しくださいました。《悔い改め》について、《神の赦しと憐れみ》につい て、《神の摂理と目的》について改めて深く思い巡らし、この国が神の憐れみに よって与えられた役割をしっかりと果たしていける国となるよう祈り求めたい と思います。(平和主日だけでなく、平和を祈り求める8月の「昼の祈り」にぜ ひ加わってください。ブログに公開されています。)

 そして、私たちはまた、イエス・キリストが十字架において与えてくださった 《神と人との間における平和》以外にこの世界の平和の基礎はないことを知らさ れているのですから、この日は私たちがこれからも十字架の福音を宣べ伝えてゆ く決意を新たにする日でもあると言えます。パウロと同じようにキリストの使者 としての務めを果たし、「神と和解させていただきなさい」(2コリント5:20) と呼ばわり続けなくてはなりません。そして、初代教会がそうであったように、 私たちもイエス・キリストの十字架のもとにあって、まず最も身近な者との間に、 和解と平和を実現することを具体的に求めていくものでありたいと思います。そ のことを抜きにして世界の平和を求める祈りはないからです。(清弘剛生)


こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。エフェソ2:15-16


祈りの課題

1. 愛する人を天に召され悲しみの内にある人々のために。

2. 個人においても国家においても、憎しみと敵意を生み出す過去の傷が キリストによって癒やされ、平和がもたらされるように。


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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので