• 頌栄教会

「御名があがめられますように」(主の祈り3)

更新日:3月20日

これがイエス様の教えてくださった第一の祈りです。主は私たちが第一に求め

るべきものが何であるかを教えてくださいました。「あがめる」と訳されている

のは「聖とする」という意味の言葉です。その原意は「区別する」ということで

す。神が神として他の一切から区別されることです。そして、神としてふさわし

い栄光が帰せられることです。

「御名があがめられますように」――そのように祈りなさいと言われているの

は、もう一方において神の御名が汚されているという現実があるからです。神が

神とされていない。神の御名は侮られ、軽んじられ、他のものの方が、ずっとず

っと大事であるかのように扱われている。そうです、実際に私たちの生活におい

てもそうではありませんか。御名が汚されているこの世界を見て、また、そのよ

うな神の民の現実を見て、父を愛する御子イエスはどれほど心を痛めておられた

ことでしょう。父の御名が聖とされ、あがめられることをどれほど切に願ってお

られたことでしょう。そのイエス様の心をわが心として共に祈るようにと、主は

この祈りの言葉を私たちに与えてくださったのです。

「御名があがめられますように」――そのことは何よりも私たち自身において

実現しなくてはなりません。その意味において、この第一の祈りは、私たち自身

が変えられることを求める祈りでもあるのです。それゆえ、古代の教会において

用いられていた「主の祈り」のある本文には、「御名があがめられますように」

という祈りに、次のような言葉が加えられていたことが知られています。「聖霊

よ、来たりて我らを聖めたまえ」。 (清弘剛生)



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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので