• 頌栄教会

「御国が来ますように」(主の祈り4)

更新日:3月20日

「御国が来ますように」とは何を求めての祈りでしょうか。皆が平和で幸福に

生きられる理想郷の実現を求める祈りでしょうか。この「国(王国)」とは「王

の支配」を意味します。この場合は「神の支配」です。そうしますと、「理想郷

の実現を求めること」は必ずしも「御国を求めること」を意味しません。理想郷

を求める人が、必ずしも神を求め、神の支配を求めているとは限らないからです。

主は平和で幸福な世界の実現を求めるようにと言われたのではなく、「御国が

来ますように」と祈りなさいと言われたのです。神の支配を求めるようにと言わ

れたのです。なぜなら、この世界は、単に平和を失った不幸な世界ではないから

です。そうではなく、これは神に背いた世界であり、それゆえに罪と死に支配さ

れている世界だからです。実際、罪の力に翻弄されてわが身一つどうにもならな

いのが人間の現実ではありませんか。しかし、そのような私たちを救うためにキ

リストが来てくださいました。その御方は「神の国は近づいた」と宣言してくだ

さり、そして「御国が来ますように」と祈るようにと教えてくださったのです。

それはまず私たちの人生において実現しなくてはなりません。この祈りの意味

は、第一に次のように表現され得ます。「あなたがすべてのすべてとなられる御

国の完成に至るまで、わたしたちがいよいよあなたにお従いできますよう、あな

たの御言葉と聖霊とによってわたしたちを治めてください」(ハイデルベルク信

仰問答)。このように、「御国が来ますように」と祈り始めることは、それ自体人

生の根本的な変革を意味します。すべての祈りは、その変革の上において成り立

つことを、私たちは主から教えられているのです。 (清弘剛生)



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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので