• 頌栄教会

「御言葉に聴く生活(4)」(信仰生活入門8)

 各自が家で聖書を読む場合、何も注解書で調べながら読む必要はありません。いわゆる「素読」で十分です。聖書を読む時に重要なことは、基本的には礼拝において聖書朗読を聴くときと同じです。聖霊の導きを祈り求め、「今読んでいる聖書の言葉は、この私に何を語りかけているのだろうか。神様は、この聖書箇所を通して、何を語りかけておられるのだろうか」と考えながら読むことです。その意味において、私たちは「聴く」のです。そのように聴こうとする時に、以下の四つの問いが助けになるでしょう。 ①神(父・子・聖霊)はどのような御方として語られているか。②従うべき命令は語られているか。③倣うべき模範は描かれているか。④悔い改めるべき罪は示されているか。――この一つ一つを問いながら、まず聖書日課として与えられている聖書箇所を読んでみてください。さらには聖書全巻を通読することにぜひとも取り組んでください。

 聖書の中には信仰生活がスポーツに喩えられている箇所がいくつもありますが、確かに良く似ています。信仰生活はスポーツと同じように頭で考えているだけでは身につきません。実践しなくてはならない。私たちは信仰を持つまでに長い時間をかけて“不信仰生活”を身に着けてきたのです。それはいわば我流で身に着けたフォームのようなものです。それを直して“信仰生活”を身に着けるには、時間をかけた意識的な練習がどうしても必要となります。聖書を実際に読むこともその一つです。                    (清弘剛生)

俗悪で愚にもつかない作り話は退けなさい。信心のために自分を鍛えなさい。体の鍛練も多少は役に立ちますが、信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、すべての点で益となるからです。1テモテ4:7-8

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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので