• 頌栄教会

「神と語り合う生活(2)」(信仰生活入門10)

 祈りにおいて成長するためには祈りの習慣を身に着けることが必要です。何事においてもそうですが、ある習慣を身に着けるまでには、幾度となく同じことを繰り返す必要があります。しかも、その繰り返しには喜びが伴っていうことが必要なのでしょう。喜びの伴わないことは続きませんから。

 祈りに伴う固有の喜びとは神と共にある喜びであり、神との交わりの喜びです。その喜びを味わうためには、まず神を賛美すること、神に感謝することから始めるのは良い順序であると言えるでしょう。祈願から始めますと、自分の願いが叶えられたか否かにばかり意識が向いてしまうものです。すぐに願いが叶わないと祈りそのものが無意味であるかのように感じてしまうかもしれません。しかし、実際にはその時にも神との交わりという大きな恵みが与えられているのです。ですから、まず祈願からではなく、賛美から始めるのがよいのです。

 ただ神にのみ意識を向け、神がどのような御方であるか、既に与えられている神の恵みが何であるかを思いつつ、神を讃えます。そのように賛美をすることを学ぶ上で必要なのは、前回書きましたように「御言葉を聴くこと」です。そこにおいてこそ神を知り、神の恵みを知るからです。その上でさらに「詩編」からも多くを学ぶことができるでしょう。あるいは讃美歌、テゼ共同体の歌、現代的なワーシップソングなども助けになるでしょう。神を誉めたたえながら、神と共にあることが既に救いであることをまず味わうことです。その上で私たちの願いを申し述べ、心を神に打ち明けるのです。(フィリピ4:6)   (清弘剛生)

わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い 右の御手から永遠の喜びをいただきます。詩編16:11

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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので