• 頌栄教会

「神と語り合う生活(4)」(信仰生活入門12)

 前回は「共に祈ること」について書きましたが、今週は「他者のために祈ること」について書かせていただきます。そのこともまたイエス様が教えてくださったように、「われらの父よ」と呼びかけて祈ることに含まれているからです。

 私たちは、「われらの父よ」と呼びかけて「われらの日用の糧を今日も与えたまえ」と祈るように教えられています。「わたしの糧」ではありません。「われらの糧」です。わたしの口に入る食物だけでなく、他の人の口に入る食物のこともお願いすべきだということです。「糧」だけではありません。「われらの罪をも赦したまえ」と祈るのでしょう。「われらを試みに遭わせず…」と祈るのでしょう。イエス様によるならば、他の人の具体的な必要や悩み、罪の問題に至るまで、それは単に「その人の問題」ではないのです。それはまた私たち自身が祈るべき課題でもあるのです。

 入門クラスでは「両手の十本の指を見ながら、まず十人のために祈りましょう」と学びます。しかし、実際に行ってみると十本の指ではすぐに足りなくなってしまうことでしょう。そこで「祈りのノート」を作ることを勧めします。名前と祈りの課題を書いておくのです。あるいはノートを作らずとも、かつて教会員名簿が配布されていた時代には、名簿を見ながら教会員全員のためにお祈りしている人がどこの教会にも少なからずいたものです。どのような仕方であれ具体的に他者のために真剣に祈り始め、祈り続けるならば、私たちが生きるこの世界において、一つまた一つと祈りの答えを見ることになるでしょう。神様は確かに祈りを聞いていてくださっているからです。             (清弘剛生)

わたしたちに必要な糧を今日与えてください。 マタイ6:11

閲覧数:6回

最新記事

すべて表示

「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので