• 頌栄教会

「神に献げる生活(2)」(信仰生活入門22)

 教会員になりますと「月定献金袋」を受け取ります。月ごとに献げる献金の袋です。これはあくまでも「献金」です。会員であり続けるために納める「会費」 ではありません。メンバーから集めて会の運営に当てメンバーの利益に還元する という「サークル費」の類でもありません。献金は神への献げものです。  先週のコラムに書きましたように献金とはあくまでも「しるし」です。神が求 めておられるのは金銭ではなく、私たち自身です。それゆえに、パウロも「自分 の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい」と書いているので す。私たちは「礼拝」として、自分の体を神に献げるのです。そして、「自分の 体を献げること(献身)」は抽象的なことではないと申しました。私たちの具体的な生活を献げることです。そのために私たちは神の御前で自分の生活を繰り返し見つめ直す必要があるのでしょう。「金銭」だけではありません。私は「時間」 をどう用いているだろうか、「能力」をどう用いているだろうか、等々。主から 託されているものをどのように用い、どのように管理しているかを考えることなくしては、「献心」にはなっても「献身」にはなりません。

 そのように月定献金については、主の御前において「この生活はあなたのもの です」という意識をもってお献げすることが重要なのです。その意味において「月 定献金」は献金が「献身のしるし」であることを特に明瞭に表現する献げものの形であると言えるでしょう。(清弘剛生)


こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。ローマ12:1


祈りの課題

1.礼拝堂に皆が集まることのできない日々が続く中において、一人ひと りの信仰生活が支えられるように。

2. コロナ禍において仕事を失った人、住まいを失った人たちのために。 またそれらの方々を支援する働きのために。

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「御国が来ますように」という祈りに、この第三の祈りが続きます。これは第 二の祈りの内容的な展開であると考えられます。「御国が来ますように」と祈る ということは、天におけるように地の上にも神の御心が行われることを願い求め ることでもあるからです。 「地の上に御心が行われること」を求める祈りは、現実には地の上に御心が実 現していないという事実を示しています。実際私たちはそのような世界に生きて いるので